平成24年(行ケ)第10321号 審決取消請求事件
平成24年(行ケ)第10321号 審決取消請求事件
1.事件の概要
本件は、被告からの無効審判請求に基づき原告の特許を無効とした審決の取消訴訟である。争点は、訂正後の請求項14ないし18に係る発明についてのサポート 要件違反、実施可能要件違反、確性要件違反の有無等である。
(1)特許庁での手続
平成11年11月5日 特許権の設定登録
平成23年9月30日 特許無効審判の請求、訂正の請求
平成24年8月3日 訂正を認め、無効審決
(2)訂正後の請求項
[訂正後の請求項14]アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩からなる群より選択される少なくとも 1種を含有する可塑化ポリビニルアセタール樹脂膜からなる合わせガラス用中間膜 であって、中間膜中のナトリウム濃度が50ppm以下であり、飛行時間型二次イ オン質量分析装置を用いた二次イオン像のイメージングにより測定した中間膜中の アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩の粒子径が3μm以下である合わせガラス 用中間膜。
(その他の請求項については割愛する)
(3)審決の要旨
飛行時間型二次イ オン質量分析装置(TOF-SIMS)により該中間膜のアルカリ(土類)金属塩の粒子径を測定する際に、電離したアルカリ(土類)金属イオンをも検出していると認められること等から、本発明は実施可能要件(特36条4項1号)、明確性要件(特36条6項2号)、そしてサポート要件(特36条6項1号)を満たさない。
(4)取消事由
取消事由1(実施可能要件違反の有無の判断の誤り)
取消事由2(明確性要件違反の有無の判断の誤り)
取消事由3(サポート要件違反の有無の判断の誤り)
(5)本判決における結論
原告が主張する取消事由はいずれも理由があるから、審決を取り消す。
2.本訴訟の争点
TOF-SIMSにより該中間膜のアルカリ(土類)金属塩の粒子径を測定する際に、電離したアルカリ(土類)金属イオンをも検出している可能性や、技術常識について争われた。
3.裁判所の判断
研究者による実験証明書等から、該中間膜中では電離している金属イオンはごく僅かであることが認められるため、TOF-SIMSにより該中間膜のアルカリ(土類)金属塩の粒子径を測定する際には、電離したアルカリ(土類)金属イオンは考慮しなくても良いと認められ、審決がした判断は誤りであると認定した。
4.考察
(1)粒子径クレームについて
粒子径(粒径)によって発明を特定しようとする特許請求の範囲の記載(いわゆる粒子径クレーム)は材料化学分野をはじめ、化学系の特許出願において散見される。粒子径とは、粒子を完全な球体と仮定したときの直径のことをいう。しかし、実際の粒子は様々な形をしているため粒子径の定義が必要となってくる。粒子径の定義は大きく分けて幾何学的な定め方と、物理的性質に基づく定め方とがある。さらに、粒子径の測定には様々な原理を用いたものが存在するため、「粒子径」という言葉は一義的には定まらないものである。したがって、粒子径によって発明を特定する際にはとかく注意が必要である。
(2)粒子径クレームが問題となった判例について
上述したように粒子径という言葉は一義的に定まらないものであるため、粒子径クレームが問題となる訴訟が度々起こっている。有名な例として遠赤外線放射体事件(平成 20年 (ネ) 10013号)が挙げられる。これは、特許請求の範囲の「平均粒子径」との記載が不明確であり、特許法36条6項2号(明確性要件)違反の無効理由を有するとして、特許法104条の3の規定により特許権の行使が制限された事件である。粒子径という言葉は一義的なものではないにもかかわらず、明細書の中にその定義や測定法についての記載がなかったことが本判決に至った原因である。
この事件の他にも線状低密度ポリエチレン系複合フイルム事件(平成15(行ケ)272)も粒子径という言葉の明確性が問われた判例である。
(3)本判例について
本訴訟における最大の争点は、TOF-SIMSによる粒子径測定結果の信ぴょう性である。すなわち、本訴訟においては、特許請求の範囲に記載の粒子径を表す数値はノイズに由来するものである可能性の有無について争われた。また、TOF-SIMSによる測定の技術常識の認定についても争点となった。最終的には、専門家の意見、実験データを参酌することで、裁判所は原告主張の取消事由を認めた。
(4)明細書等の記載において留意すべき点について
上述した粒子径のような定義が一義的ではなく、測定方法が複数存在するようなパラメーター(例えば平均分子量や平均重合度)によって発明を特定しようとする際には、明細書等の記載に細心の注意を払うべきである。具体的には、①パラメーターの定義を明確に記載すること、②測定方法を記載すること、③算出方法を記載すること、を心がけるべきである。
また、本訴訟のように、測定結果の信ぴょう性や、測定における技術常識などが争われる場合もある。そこで、④可能な限りの対照実験(ネガティブコントロールによるバックグラウンドの排除及びポジティブコントロールによる測定系の精度保証)を行い実施例に記載すること、⑤発明者自身の技術常識にとらわれず、できるだけ詳細な測定法の記載をすること、に留意して、訴訟に強い明細書等を作成するのが好ましい。
化学やバイオテクノロジーのように目視できない物質が対象となる分野においては、定義や測定法が複数存在するパラメーターによって発明を特定する必要がある場合が多いであろう。このような分野においては、特許担当者は上述した点を意識し、発明者から詳細な技術内容について聴取したうえで、明細書等を作成しなければならない。
みなとみらい特許事務所
弁理士 辻田朋子
技術部 村松大輔
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