1. トップ
  2. 判例航海日誌
  3. 平成23年(行ケ)10201号審決取消事件 | みなとみらい特許事務所
  • 平成23年(行ケ)10201号審決取消事件

    2014.01.17カテゴリー:

    判例航海日誌

    平成23年(行ケ)10201号審決取消事件

    みなとみらい特許事務所

     

    村松 大輔

    特許無効審判における審決の理由

    本件審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その要旨は,以下のとおりである。(1)新規性・進歩性の有無について本件発明と対比されるべき発明が刊行物に記載されているというには,当該刊行物を見た当業者が,本件発明の内容との対比に必要な限度において,その発明を実施し得るものと理解することが可能な程度に発明の内容が当該刊行物に開示されていることが必要である。

     

    裁判所の判断

     発明の新規性や進歩性を判断するに当たり,当該発明と対比されるべき発明が特許法29条1項3号所定の「刊行物に記載された発明」に該当すると判断するためには,当該刊行物の記載を見た当業者が,対比に必要な限度において,その発明を実施し得るものと理解することが可能な程度に発明の内容が当該刊行物に開示されていることが必要であることを前提とした本件審決の判断には,誤りがある。

     本件特許の「光学増幅装置」のような技術分野においては,仮に当該刊行物自体には当該発明を実施し得るものと当業者が理解することが可能な程度に発明の内容が開示されていないとしても,当該発明と対比可能な「技術的思想」が開示されていれば,特許法29条1項3号に規定する「刊行物に記載された発明」に該当すると解すべきである。したがって,甲1文献に実施可能な程度に発明の内容が開示されていないとしても,甲1文献に記載された発明は「刊行物に記載された発明」に該当する。

     

    参考

    ヒト白血球インタフェロン事件(平成11年(行ケ)第285号)

     特許法29条と36条の上記各規定を対比すれば,特許法は,特許を受けようとする発明について,その明細書に,当業者が容易に実施できるように記載していなければならないとしているものの,特許を受けようとする発明と対比される「頒布された刊行物に記載された発明」については,そのようなことを求めていないことが明らかである。(中略)

     「頒布された刊行物に記載された発明」においては,特許を受けようとする発明が新規なものであるかどうかを検討するために,当該発明に対応する構成を有するかどうかのみが問題とされるのであるから,当業者が容易に実施できるように記載されているかどうかは,何ら問題とならないものというべきである。むろん,当該発明が,未完成であったり,何らかの理由で実施不可能であったりすれば,これを既に存在するものとして新規性判断の基準とすることができないのは当然というべきであるから,その意味で,「頒布された刊行物に記載された発明」となるためには,当該発明が当業者にとって実施され得るものであることを要する,ということはできる。しかし,容易に実施し得る必要は全くないものというべきである。このことは,例えば,当業者であっても容易に実施することができないほど極めて高度な発明がなされたとき,当業者が容易に実施することができないからといって,新規性判断の資料とすることができないといえないことからも,明らかである。要するに,特許法29条1項3号の「頒布された刊行物に記載された発明」に求められるのは,公知技術であるということに尽き,その実施が容易かどうかとは関係がないものというべきである。

     

    審査基準

    1.5.3 第 29 条第 1 項各号に掲げる発明として引用する発明(引用発明)の認定

    (3)刊行物に記載された発明

    ①「刊行物に記載された発明」は、「刊行物に記載されている事項」から認定する。記載事項の解釈にあたっては、技術常識を参酌することができ、本願出願時における技術常識を参酌することにより当業者が当該刊行物に記載されている事項から導き出せる事項(「刊行物に記載されているに等しい事項」という。)も、刊行物に記載された発明の認定の基礎とすることができる。すなわち、「刊行物に記載された発明」とは、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握できる発明をいう。

     したがって、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握することができない発明は「刊行物に記載された発明」とはいえず、「引用発明」とすることができない。例えば、ある「刊行物に記載されている事項」がマーカッシュ形式で記載された選択肢の一部であるときは、当該選択肢中のいずれか一のみを発明を特定するための事項とした発明を当業者が把握することができるか検討する必要がある。

    ②また、ある発明が、当業者が当該刊行物の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、物の発明の場合はその物を作れ、また方法の発明の場合はその方法を使用できるものであることが明らかであるように刊行物に記載されていないときは、その発明を「引用発明」とすることができない。

     したがって、例えば、刊行物に化学物質名又は化学構造式によりその化学物質が示されている場合において、当業者が本願出願時の技術常識を参酌しても、当該化学物質を製造できることが明らかであるように記載されていないときは、当該化学物質は「引用発明」とはならない(なお、これは、当該刊行物が当該化学物質を選択肢の一部とするマーカッシュ形式の請求項を有する特許文献であるとした場合に、その請求項が第 36 条第 4 項第 1 号の実施可能要件を満たさないことを意味しない)。

     

    大正10年法

    第四条 本法ニ於テ発明ノ新規ト称スルハ発明カ左ノ各号ノ一ニ該当スルコトナキヲ謂フ

    一 特許出願前帝国内ニ於テ公然知ラレ又ハ公然用ヰラレタルモノ

    二 特許出願前帝国内ニ頒布セラレタル刊行物ニ容易ニ実施スルコトヲ得ヘキ程度ニ於テ記載セラレタルモノ

     

    考察

     本判例は特許法29条1項3号に規定する「刊行物に記載された発明」に該当するためには、当該刊行物に何が開示されていることが必要なのか、という点が論点となっているものである。

     審査基準には、『当業者が当該刊行物の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、物の発明の場合はその物を作れ、また方法の発明の場合はその方法を使用できるものであることが明らかであるように刊行物に記載されていないときは、その発明を「引用発明」とすることができない。』との記載があり、刊行物がいわば「実施可能要件」を満たすことが引用文献になり得る条件であると読むことができる。

     また、大正10年法の4条2号には、「特許出願前帝国内ニ頒布セラレタル刊行物ニ容易ニ実施スルコトヲ得ヘキ程度ニ於テ記載セラレタルモノ」と規定されており、新規性を否定する根拠になる引用文献は「実施可能要件」を満たすものでなければならないと解釈できる。

     

     ここで本件審判において特許庁は上記審査基準の記載及び大正10年法の規定に沿う形の審決をなした。

     しかし、本件判決では『当該発明と対比可能な「技術的思想」が開示されていれば,特許法29条1項3号に規定する「刊行物に記載された発明」に該当すると解すべきである。』と判示し、本件審決を取り消す判決を出した。

     つまり、特許法29条1項1号の「刊行物」に、いわゆる「実施可能要件」を求めることは妥当でないとの判決を下したのである。『容易に実施し得る必要は全くない』と判示したヒト白血球インタフェロン事件(平成11年(行ケ)第285号)の判決よりも一歩踏み込んだ判決であると言える。

     

     本件判決においては審査基準の記載に反するような判示がなされたが、当該審査基準の記載は、化学や医薬分野においては適用できるものであると考察する。かかる分野では「技術的思想」は「実施」することで初めて明確になる側面があるからである。

お気軽にご相談・お問い合せくださいませ

0120-088-048

電話番号045-228-7531
FAX045-228-7532

営業時間:10時~18時(土日祝日を除く)