平成25年(行ケ)第10195~10198号 審決取消請求事件(知財高裁大合議事件)
判例航海日誌
平成26年6月27日
みなとみらい特許事務所
弁理士 村松大輔
平成25年(行ケ)第10195号 審決取消請求事件
平成25年(行ケ)第10196号 審決取消請求事件
平成25年(行ケ)第10197号 審決取消請求事件
平成25年(行ケ)第10198号 審決取消請求事件
1.事案の概要
平成4年10月28日 特許出願(発明名称:血管内皮細胞増殖因子アンタゴニスト)
平成5年2月14日 設定登録(特許第3398382号)
平成21年12月17日 延長登録出願
平成23年1月6日 拒絶査定(特許法67条の3第1項1号違反)
同年4月18日 拒絶査定不服審判
平成24年9月6日 手続補正
平成25年3月5日 拒絶審決
・本件特許
【請求項1】抗VEGF抗体であるhVEGFアンタゴニストを治療有効量含有する,癌を治療するための組成物。
【請求項2】抗体が抗hVEGF抗体である,請求項1に記載の組成物。
【請求項3】抗体がモノクローナル抗体である,請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】抗体がヒト型化されている,請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】抗体が腫瘍サイズを減少させるのに充分な量で用いられる,請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】腫瘍が固形悪性腫瘍である,請求項5に記載の組成物。
【請求項7】抗体がVEGF介在脈管形成を阻止することにより腫瘍サイズを減少させる,請求項5または6に記載の組成物。
【請求項8】抗体が細胞毒性部分に結合している,請求項1~7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】細胞毒性部分がタンパク質細胞毒素またはモノクローナル抗体のFcドメインである,請求項8に記載の組成物。
【請求項10】他の癌の治療剤と,連続的にまたは同時に投与されるように処方される,請求項1~9のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項11】放射線学的治療に対して,連続的にまたは同時に投与されるように処方される,請求項1~10のいずれか1項に記載の組成物。
・延長登録の理由となる処分の内容及び本件出願の理由
ア 延長登録の理由となる処分
薬事法14条9項に規定する医薬品に係る同項の承認
イ 処分を特定する番号
承認番号21900AMX00910000
ウ 処分の対象となったもの
販売名アバスチン点滴静注用100mg/4mL
一般名ベバシズマブ(遺伝子組換え)
エ 処分の対象となったものについて特定された用途
「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌に対する他の抗悪性腫瘍剤との併用
における,成人への,ベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)での
,投与間隔3週間以上の点滴静脈内注射」
オ 処分を受けた日
平成21年9月18日
カ 政令で定める処分を受けた物が特許請求の範囲に記載されていること
請求項1に記載の抗hVEGF抗体が処分を受けたベバシズマブ(遺伝子組換え)
である。
・先行処分(本件処分は,本件先行処分の製造販売承認事項一部変更承認であり,主な変更事項は,「用法及び用量」に新たな用法・用量を追加した点にある)
ア 処分の根拠
薬事法14条1項
イ 承認番号
21900AMX00910000
ウ 効能又は効果
「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」
エ用法及び用量
他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして1回
5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与
間隔は2週間以上とする。
2.審決の理由
特許法67条の3第1項1号の判断において,「特許発明の実施」は,処分の対象となった医薬品その物の製造販売等の行為ととらえるのではなく,処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項(以下「発明特定事項に該当する事項」という。)によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえるのが適切である。そして,処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」を備えた先行医薬品についての処分(先行処分)が存在する場合には,特許発明のうち,処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」によって特定される範囲は,先行処分によって実施できるようになっていたといえ,同号の拒絶理由が生じる。
3.裁判所の判断
本判決は,以下のとおり判断して,審決を取り消した。
(1)特許法67条の3第1項1号該当性判断の誤りについて
ア特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては,拒絶すべきとの査定(審決)の要件を規定した根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を判断することにより結論を導くべきである(先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという点は,特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否かとの点と,必ずしも常に直接的に関係する事項であるとはいえない。)。
同法67条の3第1項1号の「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと,及び,②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要であるといえる。
上記規定は「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,①「政令で定める処分を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」(第1要件),又は,②「『政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為』が『その特許発明の実施に該当する行為』には含まれないこと」(第2要件)のいずれかを選択的に論証することが必要となる。
イ薬事法14条1項又は9項に基づく承認の対象となる医薬品は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」によって特定された医薬品である。したがって,上記承認によって禁止が解除される行為態様は,当該承認の対象とされた,上記事項によって特定された医薬品の製造販売等の行為である。特許法67条の3第1項1号の規定する前記第1要件の有無を判断するに当たっては,医薬品の審査事項である「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」の各要素を形式的に適用して判断するのではなく,存続期間の延長登録制度を設けた特許法の趣旨に照らして実質的に判断することが必要である。
医薬品の成分を対象とする特許(製法特許,プロダクトバイプロセスクレームに係る特許等を除く。)については,薬事法14条1項又は9項に基づく承認を受けることによって禁止が解除される「特許発明の実施」の範囲は,上記審査事項のうち「名称」,「副作用その他の品質」や「有効性及び安全性に関する事項」を除いた事項(成分,分量,用法,用量,効能,効果)によって特定される医薬品の製造販売等の行為であると解するのが相当である。
ウ本件先行処分では,「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」との用法・用量によって特定される使用方法による本件医薬品の使用行為,及び上記使用方法で使用されることを前提とした本件医薬品の製造販売等の行為の禁止は解除されておらず,本件処分によってこれが解除されたのであるから,本件処分については,延長登録出願を拒絶するための前記の選択的要件のうち,「政令で定める処分を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」との要件(前記第1要件)を充足していないことは,明らかである。本件処分については,延長登録出願を拒絶するための前記の選択的要件のうち,「『政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為』が『その特許発明の実施に該当する行為』には含まれないこと」との要件(前記第2要件)を充足していないことも,明らかである。
以上のとおりであり,本件においては,「本件処分を受けたことによって本件特許発明の実施行為の禁止が解除されたとはいえない」とはいえず,特許法67条の3第1項1号の定める,拒絶要件があるとはいえない。
(2)特許法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲について
なお,本判決では,念のためとして,特許法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲についても検討し,特許権の延長登録制度及び特許権侵害訴訟の趣旨に照らすならば,医薬品の成分を対象とする特許発明の場合,同法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,「物」に係るものとして,「成分(有効成分に限らない。)」によって特定され,かつ,「用途」に係るものとして,「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶものと解するのが相当である(もとより,その均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは,延長登録制度の立法趣旨に照らして,当然であるといえる)。
4.考察
(1)67条の2第1項1号について
延長登録出願に係る注目すべき判決として平成21年(行ヒ)第326号審決取消請求事件(平成23年4月28日最高裁判決(原判決:平成20年(行ケ)第10459号審決取消請求事件(平成21年5月29日知財高裁判決))が挙げられる。当該最高裁判決及びその原判決によって『先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは、先行処分がされていることを根拠として、当該特許権の特許発明の実施に後行処分を受けることが必要であったとは認められないということはできない』ことが明らかとされた。
しかし、当該判決においては、先行医薬品が延長登録出願に係る特許発明の技術的範囲に属している場合に、当該延長登録出願がどのような扱いを受けるのかという点について判示されなかった。本判決は先行医薬品と「有効成分」も「効果・効能」も同じであり、延長登録出願に係る特許発明の技術範囲に属する先行医薬品が存在する場合の扱いについて明らかにした重要な判例である。
本判決では平成21年5月29日知財高裁判決と同様に、審査官(審判官)が,特許法第67条の3第1項第1号に該当することを理由に延長登録出願を拒絶するためには,①「政令で定める処分を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」(第1要件),又は,②「『政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為』が『その特許発明の実施に該当する行為』には含まれないこと」(第2要件)のいずれかを選択的に論証することが必要であると述べ、本件処分によって「1回7.5mg/kg(体重)での,投与間隔3週間以上の点滴静脈内注射」の実施の禁止が解除され、また、当該禁止が解除された行為は特許発明の実施に該当するため、上記第1要件及び第2要件の何れをも充足してないとして、拒絶審決を覆した。
本判決は先行医薬品と「有効成分」も「効果・効能」も同じであり、延長登録出願に係る特許発明の技術範囲に属する先行医薬品が存在する場合であっても、先行処分とは別の実施の形態(成分,分量,用法,用量)について新たに承認処分が下りた場合には、延長登録が認められることを示したものである。本件判決の判断は条文の文言に従順になされたものであり、妥当な判決であると言える。
(2)68条の2について
本件判決と平成21年5月29日知財高裁判決においては、延長された特許権の効力の及ぶ範囲についても判示している。
平成21年5月29日知財高裁判決(以下、平成21年判決)においては、延長された特許権の効力の及ぶ範囲について以下のように判示している。なお、当該判決の対象となった特許発明は、いわゆるドラッグデリバリーシステム(DDS)に関する発明であり、その剤型に特徴がある。
『特許発明が医薬品に係るものである場合には,その技術的範囲に含まれる実施態様のうち,薬事法所定の承認が与えられた医薬品の「成分」,「分量」及び「構造」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施,及び当該医薬品の「用途」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施についてのみ,延長された特許権の効力が及ぶものと解するのが相当である(もとより,その均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは,技術的範囲の通常の理解に照らして,当然であるといえる)。』
一方、本判決においては、『なお,医薬品関連特許にも様々なものがあり,これを一様に論じることは困難であるため,延長登録された特許権の効力について以下に判示するところは,医薬品の成分を対象とした特許発明について述べるものである。』と前置きした上で以下のように判示している。
『医薬品の成分を対象とする特許発明の場合,同法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,「物」に係るものとして,「成分(有効成分に限らない。)」によって特定され,かつ,「用途」に係るものとして,「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶものと解するのが相当である(もとより,その均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは,延長登録制度の立法趣旨に照らして,当然であるといえる)。』
両判決ともに薬事法における承認事項について検討し、延長登録に係る特許発明の技術的範囲について判示している。平成21年判決においては物を特定する事項として「分量」と「構造」が挙げられている。
「分量」に関しては平成21年判決の対象となった特許発明が剤型に特徴のある発明であるからこそ物を特定する事項として挙げられた可能性が高い(本判決においては、有効成分に「分量」のみを変更して特許発明の技術的範囲を外すことが許容することは法趣旨に反することを理由にこれを排除している)。
「構造」に関しては、「剤型」のことを指すものと解釈する意見もあるが、薬事法14条8項を見るに、「構造」の文言は医療機器について用いられているのに対して(2号)、医薬品、医薬部外品又は化粧品については用いられていないところ、「構造」の文言を医薬品に係る特許発明を特定する事項した平成21年判決の判断は妥当ではないと考える。かかる理由から、本件判決においては「構造」が特許発明の技術的範囲を特定する事項に挙げられなかったのではないかと推察する。しかし、剤型に特徴のある特許発明については剤型を特定する請求項が設けられているはずであるから、ここで「構造」なる文言が剤型を指すものではなかったり、そもそも物を特定する事項として「構造」を挙げたことが誤りであったりしても、DDS発明等のような剤型の開発に注力している製薬会社の利益を不当に損なうことにはならないと考える。
以上、本件判決と平成21年判決をまとめると、成分を対象とした特許発明において延長登録に係る特許権の効力は、「成分(有効成分に限らない。)」、「効能,効果」、「用法,用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲に及び、剤型に特徴のある特許発明においてはさらに「構造」と「分量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲に及ぶものと考えられる。そして、これらの均等物又は実質同一と評価される物を実施する行為にも、当該特許権の効力が及ぶ。
なお、平成21年判決及び本判決の何れも均等、実質同一の範囲を判断する手法について明らかにしていない。今後、均等、実質同一の範囲についての争いが生じるであろうと思われる。
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