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    2014.07.31カテゴリー:

    判例航海日誌

    判例航海日誌

    平成26年8月1日

    みなとみらい特許事務所

    弁理士 村松 大輔

     

    平成25年(行ケ)第10245号 審決取消請求事件

     

     

    1.事件の概要

    ・特許庁における手続の経緯等

    2007年4月10日       出願(脱硫ゴムおよび方法)

    平成23年12月28日    拒絶査定

    平成24年3月29日       不服審判請求(不服2012-5740号事件)、手続補正

    平成25年4月23日       棄却審決

     

    ・審決の概要

    <本願発明>

    ゴムの脱硫方法であって,

    硫黄架橋している硫黄を含む加硫ゴムを準備する工程と,

    前記加硫ゴムをテレピン溶液と接触させて反応混合物を生成する工程と,

    前記テレピン溶液による脱加硫作用によって,前記加硫ゴムの54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少させる工程を含み,

    前記反応混合物は,前記加硫ゴムと前記テレピン溶液が,10℃から180℃の温度でかつ4×104パスカルから4×105 パスカルの圧力で接している,

    前記脱硫方法。

     

    <審決が認定した甲2発明>

    屑ゴムの脱硫方法であって,

    屑ゴムが粗砕きされた後,細く砕かれる工程と,

    前記屑ゴムを脱硫罐内に松根油と共に入れて加熱する工程を含み,それにより屑ゴムの脱硫が行われる,

    前記脱硫方法。

     

    <審決が認定した本願発明と甲2発明の一致点及び相違点>

    (一致点)

    ゴムの脱硫方法であって,

    硫黄架橋している硫黄を含む加硫ゴムを準備する工程と,

    前記加硫ゴムをテレピン溶液と接触させて反応混合物を生成する工程を含み,

    反応混合物には,架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量のテレピン溶液が存在している,

    前記脱硫方法。

    (相違点)

    本願発明では,「54~100%の」架橋を破壊しているのに対して,甲2発明では,架橋を破壊しているものの,上記「」内の事項の特定がない点。

     

    <相違点に対する審決の判断>

    本願発明では,「54~100%の」架橋を破壊しているのに対して,甲2発明では,架橋を破壊しているものの,上記「」内の事項の特定がない点。

     

    <相違点に対する審決の判断>

    甲2発明において,架橋のどのくらいを破壊するかは,再生ゴムの腰の強さ,練りやすさ等の兼ね合いの観点より,当業者が適宜決定する設計事項であるというべきである。

     

    2.裁判所の判断

    ・「脱硫」の語義

    本願発明は,上記第2のとおりの「脱硫方法」である。当業界において「脱硫」という技術用語は,一般に,加硫ゴムの網目構造を崩壊させ,ゴム分子の解重合によって可塑性を与えること(甲11,乙2)とされているが,より詳細には,①油性溶剤を用いて処理する工程(オイル法,パン法),アルカリ溶液を用いて処理する工程(アルカリ法),中性溶液を用いて処理する工程(中性法)など,加硫ゴムの網目構造崩壊のための化学的処理のみを「脱硫」と称して,その後に可塑性や粘着性を高めるために行うすりつぶしなどの機械的処理(仕上工程,Refining)とは区別し,化学的処理及び機械的処理の両方を行い,再利用可能なゴムにすることを「再生」と称する場合(甲11,甲2),②化学的処理のみならず機械的処理も「脱硫」と称する場合(乙2),③油性溶剤を用いて処理する工程(パン法など)を「化学的再生処理」と称し,化学的処理と機械的処理を一体の工程として「脱硫」又は「脱硫再生」と称する場合(乙4),④化学的処理に用いる溶液を「再生剤」と称し,化学的処理と機械的処理を一体の工程として「再生」と称する場合(甲12)などがある上,行われる処理や条件の違いによってゴムが受ける分子的な変化(硫黄架橋結合の切断とゴム分子主鎖の炭素結合の切断の程度など)が異なる結果,処理後のゴムの性質が異なるものである。

     

    ・本願明細書における脱硫

    「脱硫」に関する上記の記載された内容を検討すると,①いずれの実施例においても,1.01×105パスカルよりもやや低い圧力で加硫ゴムをテレピン溶液と共に加熱する「脱硫操作」が行われるのみで,機械的処理等追加の処理は行われておらず,特に,実施例1及び2では「脱硫操作」により「硫黄架橋の結合の分解が基本的に終了した」とされていること,②本願発明の方法で処理したゴムを「脱硫再生ゴム」と称していること,及び③背景技術の項において,「脱硫することによってリサイクルする」,「脱硫の形態に再生する」,及び「ゴムを再生する様々な脱硫方法」といった,「脱硫」と「再生」を区別せずに使用した表現があることによれば,本願明細書では,「脱硫」を「再生」と同義,すなわち,使用済みの加硫ゴムを再利用できる程度の可塑性及び粘着性を有する状態まで処理するという意味で用いているものと認められ,本願発明の「脱硫方法」も,そのような処理を行う方法であると解される。

     

    ・甲2発明における脱硫

    引用文献では,松根油などの脱硫剤を用いた脱硫罐内での化学的処理のみを「脱硫」と称し,「脱硫」後にRefiningを行って再利用可能な程度の可塑性及び粘着性を有する形態のゴムを得ることを「再生」と称していると認められる。

     

    ・甲2発明の認定と本願発明との対比

    上記のとおり,本願では,「脱硫」を使用済みの加硫ゴムを再利用できる形態まで処理するという意味で用いているものと認められる。したがって,「脱硫方法」である本願発明と対比するために引用文献から認定される甲2発明は,引用文献でいうところの「脱硫」ではなく「再生」の方法であるべきで,本願発明と対比する際に認定されるべき甲2発明は,「屑ゴムの再生方法であって,硫黄架橋している硫黄を含む加硫ゴムである屑ゴムをCracking(粗砕)及びGrinding(細砕)する工程,脱硫罐内に松根油と共に入れて加熱する工程,Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程,を含む屑ゴムの再生方法。」というべきものである。

    審決は,引用文献から,屑ゴムを砕き,化学処理する工程までの「脱硫」方法を認定したに留まり,再利用可能な可塑性及び粘着性を有するゴムを得るための「再生」方法全体を認定しなかった点で誤りである。

    本願発明の「テルピン溶液」は甲2発明の「松根油」に相当し,本願発明の「脱硫」は甲2発明の「再生」に相当するので,両者は,①甲2発明においては,「Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」を含むのに対して,本願発明ではそのような工程を含むことが特定されていない点,②用いるテルピン溶液が,本願発明では54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量であるのに対して,甲2発明では量について特定がない点,及び,③本願発明では,「54~100%の」架橋を破壊しているのに対して,甲2発明では,架橋を破壊しているものの,架橋の破壊の程度について特定がない点,において相違する。

    したがって,審決の相違点の認定には誤りがある。

     

    ・取消事由4(本願発明の容易想到性判断の誤り)について

    引用文献においては,(中略)「Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」を重視すべきことが強調されている(甲2)。そうすると甲2発明に接した当業者は,再生(本願発明の「脱硫」)に際して「Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」を強化するべきことを想到するとしても,「Refining(精細)して再利用可能な程度の可塑性と粘着性を与える工程」を必須としない構成については,これを容易に想到し得ない。

    本願発明の「54~100%の架橋を破壊して,加硫ゴム中の硫黄含量を減少するに十分な量のテルピン溶液」とは,本願発明の意味での「脱硫」,すなわち,使用済みの加硫ゴムを再利用できる形態まで「再生」すること,を基本的に完了するに足りる量のテルピン溶液を意味すると解される。

    一方,甲2発明の「再生方法」では,松根油と共に加熱する工程のみならず,可塑性及び粘着性を強めるRefining 工程も必須であって,松根油と共に加熱する工程のみで「再生」が行われるわけではないから,松根油の量は,加硫ゴムを再利用できる可塑性及び粘着性を有する形態まで「再生」するのに十分な量であるとは認められない。むしろ,引用文献には,前記のとおり油の量を多くし加熱時間を長くすると再生ゴムの腰が弱くなるので,そうせずにRefining を十分に行うことで十分な可塑性と粘着性を有し,腰の強い再生ゴムが得られる旨が記載されているので,油の量を多くすることには阻害要因があるというべきである。

     

    3.考察

     本件は、「脱硫」という言葉の定義があやふやなまま検討が行われたこと、そして、引用発明の一連の工程のうち、一部を「つまみ食い」的に抽出し比較検討を行ったことが問題となった事件である。

     

     本願発明において「脱硫」という言葉は単にゴムを化学的処理することだけを指すのではなく、再利用可能な状態まで「再生」することまでをも含む言葉として使用されていた。

     一方、引用文献において「脱硫」という言葉は、単に化学的処理のことを言い、ゴムの「再生」には機械的な処理を行う必要があることが記載されていた。

     

    本願:「脱硫」=「再生」

    引用文献:「脱硫=化学処理」+「機械処理」=「再生」

     

     審決は、引用発明における化学的処理である「脱硫」と、本願の「脱硫」とを同義に扱い、本願発明の新規性を否定した。

     

     同じ言葉が用いられているため混同を生じ易いが、明細書の記載に鑑みれば、本願と引用文献における「脱硫」の語義が異なることは明白であるため、本判決は妥当であると言える。

     

     特許庁による「つまみ食い」的な認定判断は実務をしているとしばしば見受けられる。実務において「つまみ食い」的認定判断を受けた場合には、①引用発明のうち、「つまみ食い」的に抽出された工程(構成)以外の工程(構成)が、引用発明の課題解決に必要なこと、又は②「つまみ食い」的に抽出された工程(構成)だけでは引用発明の課題が解決できないこと、を主張することが強力な反論になることを本判決は示唆している。

     

    以上

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