令和元年(行ケ)第10083号「二酸化炭素含有粘性組成物」審決取消請求事件
判例航海日誌
技術部T.S
「二酸化炭素含有粘性組成物事件」
令和元年(行ケ)第10083号審決取消請求事件
<1>事件の概要
<1-1>経緯
・原告は、下記本件特許に対する無効審判を請求し,無効2018-800054号事件として係属した。
・特許庁は「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。
・原告は、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。<1-2>本件特許
(1)基本情報
発明の名称 「二酸化炭素含有粘性組成物」 出願番号 特願2000-520135 登録番号 特許第4912492号 (2)特許請求の範囲
【請求項1】
医薬組成物又は化粧料として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって,
1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,酸を含有する顆粒剤,細粒剤,又は粉末剤の組み合わせ;
2)酸及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,炭酸塩を含有する顆粒剤,細粒剤,又は粉末剤の組み合わせ;又は
3)炭酸塩と酸を含有する複合顆粒剤,細粒剤,又は粉末剤と,アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせ;
からなり,
含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする,
含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。<1-3>引用例1
特開昭60-215606号公報(甲1)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-S60-215606/87051AA7289A33FCE810B800354430A09E22EBA2AA630F740F4D9AA52F99991F/11/ja【甲1文献に記載の技術】
平均分子量40万のポリビニルアルコール16部,平均分子量5万のポリビニルアルコール4部,1,3-ブチレングリコール8部,エタノール6部,カルボキシメチルセルロースナトリウム3部,亜鉛華4部,炭酸水素ナトリウム5部,香料0.3部,色素を微量及び水53.7部から製造したA剤と,
平均分子量40万のポリビニルアルコール16部,平均分子量5万のポリビニルアルコール5部,1,3-ブチレングリコール8部,エタノール5部,コラーゲン2部,酸化チタン2部,酒石酸5部,香料0.3部,色素を微量及び水56.8部から製造したB剤の組み合わせからなるパック剤であって,
使用時にA剤2重量部とB剤3重量部を混合することで,pHが6.2となるとともに,発生する炭酸ガスによる血行促進作用により,皮膚の血流を良くし皮膚にしっとり感を与えるパック剤<1-4>一致点
医薬組成物又は化粧料として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって,
炭酸塩を含有する含水粘性組成物と,酸を含む剤の組み合わせからなり,
含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする,
含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット<1-5>相違点
炭酸塩及び酸をそれぞれ含む組成物の構成について,
本件発明1では,炭酸塩がアルギン酸ナトリウムとともに含水粘性組成物に含有され,酸が「顆粒剤,細粒剤,又は粉末剤」に含有されるのに対し,
引用発明では,炭酸塩がポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムとともに含水粘性組成物に含有され,酸が含水粘性組成物に含有される点
<2>当裁判所の判断(下線部は、筆者による追記)
第4 当裁判所の判断
・・・中略・・・
2取消事由1(本件発明1の進歩性判断の誤り)について
・・・中略・・・ア アルギン酸ナトリウムに置換する動機付けについて
本件発明1は,医薬組成物又は化粧料として使用される二酸化炭素含有粘性組成物に関するものであり,引用発明は,水性粘稠液を主剤とし,その造膜過程において皮膚に刺激を与えて血行を促進すると共に,皮膚表面の汚れを吸着して清浄する皮膚化粧料であるパック剤に関するものであるから,両者は,技術分野において共通する。
しかし,引用例1には,前記(1)ア(イ)のとおり,「パツク剤は,通常ポリビニルアルコール,カルボキシメチルセルロース,各種天然ガム質等の水性粘稠液を主剤とし,これに種々の添加成分を配合したもので,その造膜過程において皮膚に刺激を与えて血行を促進すると共に,皮膚表面の汚れを吸着して清浄する皮膚化粧料の一つである。」との記載があり,前記(1)ア(ケ)のとおり,A剤(省略)及びB剤(省略)を混合して得られたパック剤(製造例4)を腕の内側に塗布し,乾燥させると皮膚上に皮膜が形成されることが記載されている。かかる記載によれば,ポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムは,パック剤の主剤である造膜性の粘稠液を形成するための成分であり,皮膜形成に寄与するものである。
これに対し,アルギン酸ナトリウムは,粘性水性組成物を形成する増粘剤として周知であるとしても,皮膜形成能を有する増粘剤として周知であったことを認めるに足りる証拠はない。また,引用例1には,パック剤に適宜配合することができる成分の例として,油性基剤,エモリエント剤,保湿剤,皮膜剤,ゲル化剤,増粘剤,アルコール及び精製水,界面活性剤,血行促進剤,消炎剤,ビタミン類,殺菌剤などの薬効剤,防腐剤,香料,色素が挙げられているが(前記(1)ア(カ)),アルギン酸ナトリウムを用いることは何ら記載されていない。
以上によれば,粘稠液が造膜性のものであることを前提とする引用発明において,ポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムをアルギン酸ナトリウムに置き換えることを当業者が容易に想到し得たとはいえない。・・・中略・・・
(3) 原告の主張について
ア アルギン酸ナトリウムに置換する動機付けについて
(ア) 原告は,気泡状の二酸化炭素を効率的に発生・保持するとの本件発明1の課題は,周知の課題であったところ,アルギン酸ナトリウムが起泡剤としても利用することができるもので,発生した気泡状の二酸化炭素を閉じ込める効果を有することは周知であり,粘性を高めることにより気泡の安定性が増すこと,界面活性剤が気泡の発生・保持に効果的に作用することも技術常識であったから,増粘剤としてアルギン酸ナトリウムを選択することは容易である旨主張する。
しかし,気泡状の二酸化炭素の持続性が周知の課題であることの根拠として原告が挙げる文献のうち,特開平9-206001(甲5)には,(中略)との記載があるものの,同文献に記載されているのは,ゲル状食品であって,引用発明のパック剤とは異なる技術分野に関するものである。
したがって,本件優先日当時において,パック剤の技術分野において気泡状の二酸化炭素を保持するとの本件発明1の課題が周知であったとは認められず,引用発明の増粘剤としてアルギン酸ナトリウムを適用する動機付けがあるとはいえないから,原告の主張は採用できない。
・・・中略・・・
(イ) 原告は,アルギン酸ナトリウムを含む水溶液が皮膜を形成するから,引用発明の増粘剤をアルギン酸ナトリウムに置換しても,皮膜形成作用を維持することはでき,引用発明におけるポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムをアルギン酸ナトリウムに置き換えることは可能である旨主張する。
特開平9-278926号公報(甲86)には, アルギン酸を含む水溶液は,皮膜を形成すること(【0011】,【0015】),被コーティング物に塗布される皮膜は,アルギン酸の濃度で調整できること(【0016】)が,「機能性包装資材の開発技術の形成 -機能性段ボール箱の開発-」と題する文献(1995年。甲87)には,アルギン酸ナトリウム(G-I)と天然多糖類プルラン(PI-20)を(1:1)で混合した5wt%溶液を,秤量220g/m2の段ボールライナー表面に塗工し,5wt%塩化カルシウム水溶液を噴霧し凝固させ,フィルムを形成させたことが,「機能性包装資材の開発技術の形成 -機能性無機粉体の開発-」と題する文献(1995年。甲88)には,アルギン酸ナトリウムとプルランを混合してフィルムを形成した場合,両者の混合比を変化させると酸素透過量と炭酸ガス透過量が変化することが,それぞれ記載されていることが認められる。
しかし,これらの文献に開示されているのは,内容物を保護する目的で使用される包装材料としてのフィルムやコーティング被膜をアルギン酸ナトリウムによって形成することであるところ,引用発明のパック剤の膜は,その造膜過程において皮膚に刺激を与えて血行を促進すると共に,皮膚表面の汚れを吸着して清浄するものであって,造膜後には皮膚から剥がして除去されるものであって,その適用対象や,使用目的・作用効果が異なる。
したがって,甲86~88を考慮しても,引用発明におけるポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムをアルギン酸ナトリウムに置き換え可能であるということはできず,原告の主張は採用できない。
・・・中略・・・
(4)小括
よって,相違点1に係る構成は容易に想到できたものではないから,取消事由は理由がない。
・・・後略・・・<3>本件発明の進歩性が認められた要因:実務上の指針
本事例では、「特定の技術分野における課題の周知性の有無」、「引例間における、適用対象や使用目的・作用効果の相違」が、ポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムをアルギン酸ナトリウムに置換する動機づけを否定する方向へ向かわせている。
上記から、出願段階では「特定の技術分野における課題の周知性の有無」を意識し、従来ない課題について言及することが肝要と考える。
また、実務の上で、「特定の技術分野における課題の周知性」、「引例間における、適用対象や,使用目的・作用効果の相違」を考えるときに、過度に技術分野を広くとらえないよう留意することが重要である。なお、本判例では、引例におけるポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムの技術的意義(造膜性)を適示したうえで、「粘稠液が造膜性のものであることを前提とする引用発明において,ポリビニルアルコール及びカルボキシメチルセルロースナトリウムをアルギン酸ナトリウムに置き換えることを当業者が容易に想到し得たとはいえない」と認定している。
上記から、中間応答において、引例における各成分の技術的意義を把握することが肝要といえる。
以上
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