平成23年(行ケ)第10100号 審決取消請求事件
2013年9月13日
みなとみらい特許事務所
弁理士 辻田 朋子
技術部 村松 大輔
平成23年(行ケ)第10100号 審決取消請求事件
1.事件の概要
(1)特許庁における手続
平成16年9月30日 特許出願(特願2004-285797)
平成20年10月22日 手続補正書
平成21年5月13日 拒絶査定
同年7月27日 拒絶査定に対する不服審判請求(不服2009-13386号事件)
平成23年2月7日 棄却審決
(2)本件発明及び審決で認定された引用発明の内容と一致点及び相違点
<本件発明>
【請求項1】鋼板表面に合金化溶融亜鉛めっき層を備える合金化溶融亜鉛めっき鋼板であって,前記鋼板が質量%で,C:0.05~0.25%,Si:0.02~0.20%,Mn:0.5~3.0%,S:0.01%以下,P:0.035%以下およびsol.Al:0.01~0.5%を含有し,残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し,かつ前記合金化溶融亜鉛めっき層が質量%で,Fe:11~15%およびAl:0.20~0.45%を含有し,残部がZnおよび不純物からなる化学組成を有するとともに,前記鋼板と前記合金化溶融亜鉛めっき層との界面密着強度が20MPa 以上であることを特徴とする高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
<審決で認定された引用発明>
鋼板表面に合金化溶融亜鉛めっき層を備える合金化溶融亜鉛めっき鋼板であって,前記鋼板が質量%で,C:0.03~0.18%,Si:0~1.0%,Mn:1.0~3.1%,P:0.005~0.01% 及びAl:0.03~0.04%を含有し,残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し,かつ前記合金化溶融亜鉛めっき層が,質量%でFe:8~15 %,Al:0.1 ~0.5 %,及び100mg/㎡ 以下に制限されたMnを含有し,残部がZnおよび不純物からなる化学組成を有する高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
<審決で認定された一致点>
「鋼板表面に合金化溶融亜鉛めっき層を備える合金化溶融亜鉛めっき鋼板であって,前記鋼板が,C,Si,Mn,P及びsol.Alを含有し,残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し,かつ前記合金化溶融亜鉛めっき層がFe及びAlを含有する化学組成を有する高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板。」で一致し,鋼板のC,Si,Mn,P及びsol.Alの含有量,並びに,合金化溶融亜鉛めっき層のFe及びAlの含有量も重複する。
<審決で認定された相違点>
相違点1
鋼板の化学組成に関して,本願発明は,「S:0.01% 以下」を含有するのに対し,引用発明は,Sを含有することは記載されていない点。
相違点2
合金化溶融亜鉛めっき層の化学組成に関して,本願発明は,Fe及びAlを含有し,残部がZn及び不純物からなるのに対し,引用発明は,Fe,Al及び100mg/㎡以下に制限されたMnを含有し,残部がZn及び不純物からなる点。
相違点3
本願発明は,「鋼板と合金化溶融亜鉛めっき層との界面密着強度が20MPa 以上」4であるのに対し,引用発明は,鋼板と合金化溶融亜鉛めっき層との界面密着強度が不明である点。
(2)本件特許無効審判における審決の理由の要旨
本願発明は,引用例の記載に基づいて当業者が適宜なし得たものであり,本願発明の奏する効果も引用例の記載から予測される範囲のものであって,格別顕著なものとは認められないから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(3)取消事由
(取消事由1)引用発明の認定の誤り
(取消事由2)相違点の看過等
2.争点
引用発明の認定の誤り、相違点の看過等があったか否かが争われた。
3.裁判所の判断
<引用発明の認定の誤り>
審決は,引用発明について,引用例の【表1】の鋼1ないし鋼5,及び,【特許請求の範囲】の【請求項1】の記載に基づき,C含有量の下限は鋼3から,C含有量の上限は鋼5から,Si含有量の下限は鋼1又は鋼3から,Si含有量の上限は鋼4又は鋼5から,Mn含有量の下限は【請求項1】の「Mn:0.1 質量%以上を含有する」から,Mn含有量の上限は鋼5から,P含有量の下限は鋼2から,P含有量の上限は鋼1,鋼3又は鋼5から,Al含有量の下限は鋼3又は鋼5から,Al含有量の上限は鋼2又は鋼4からそれぞれ求め,上記第2の3の(2) のア記載のとおり認定した。
しかし,審決の認定は,以下のとおり誤りである。
引用例の【表1】には,独立した5種の鋼が例示され,鋼1ないし鋼5には,含有されている元素の含有量が示されている。 ところで,合金においては,それぞれの合金ごとに,その組成成分の一つでも含有量等が異なれば,全体の特性が異なることが通常であって,所定の含有量を有する合金元素の組合せの全体が一体のものとして技術的に評価されると解すべきである。本件全証拠によっても,「個々の合金を構成する元素が他の元素の影響を受けることなく,常に固有の作用を有する」,すなわち,「個々の元素における含有量等が,独立して,特定の技術的意義を有する」と認めることはできない。したがって,引用例に,複数の鋼(鋼1ないし鋼5)が実施例として示されている場合に,それぞれの成分ごとに,複数の鋼のうち,別個の鋼における元素の含有量を適宜選択して,その最大含有量と最小含有量の範囲の元素を含有する鋼も,同様の作用効果を有するものとして開示がされているかのような前提に立って,引用発明の内容を認定した審決の手法は,技術的観点に照らして適切とはいえない。
<相違点の看過>
・・・仮に,審決の認定した引用発明を前提としても,相違点の認定には誤りがある。・・・本願発明の各元素の含有量が変化すれば,鋼板及びめっき層の特性も変化し,本願発明において特定された各元素の含有量の数値範囲内においても,好ましい数値が存在するのであるから,当該数値範囲内において同等の作用や機能が示されているとはいえない。被告の主張は理由がなく,上記のような本願発明と引用発明の有する技術的意義に照らすならば,含有量の数値範囲の一部が重複していることのみを理由として相違点から除外することは,認められない。
したがって,引用発明における含有量の数値範囲の一部が本願発明における含有量の数値範囲と重複しないにもかかわらず,鋼板のC,Si及びMnの含有量,並びに,合金化溶融亜鉛めっき層のFe及びAlの含有量について相違点として認定しなかった審決には,相違点を看過し,それらの相違点に係る本願発明の構成について容易想到性の判断を示さなかった誤りがある。
4.考察
本件発明のような合金の技術分野では、構成元素の含有量が少しでも異なれば、合金としての性質が大幅に変化することは技術常識である。本判決では、このような技術常識に鑑み、複数の独立した実施例から適宜数値を拾い集め、その最大含有量と最小含有量の範囲の元素を含有する合金が同様の作用効果を有するものとして開示がされているかのような前提に立って,引用発明の内容を認定した審決の手法を否定した。そして、所定の含有量を有する合金元素の組合せの全体が一体のものとして技術的に評価されるべきであると説示した。
また、裁判所は「仮に、審決の認定した引用発明を前提としても・・・」と前置きし、数値範囲の一部が重複していることをもって、その重複していない範囲を相違点から除外することは認められないことを一歩踏み込んで説示している。
つまり、各構成要素の含有量と組み合わせが重要である技術分野に属する発明においては、引用例に各構成要素の組み合わせが一体として一つの作用効果を奏していることが開示されていなければ、進歩性は否定されないということである。本件発明のような数値限定発明に対する拒絶理由通知への応答の際に、本判例で説示された内容に則って主張をすることは、有効であると考える。
一方、上述したように合金は構成元素の含有量と組み合わせが少しでも異なれば性質が大きく変化する場合があるため、合金の数値限定発明に係る請求項の記載には十分に注意しなければならない。すなわち、請求項に記載の数値範囲であれば所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に十分な実施例を開示すること(サポート要件)に留意しなければならない。
なお、合金の技術分野における判例として平成14年(ワ)第16268号判決も押さえておきたい。当該事件は、原告の特許明細書中に記載されていない金属(Zn、Sn)が含まれる被告製品の実施が、原告特許権の侵害に該当するか否かが争われたものである。結果、ZnとSnは合金特性に影響を与えるため、被告製品は原告特許発明の技術範囲に含まれないと裁判所は判断した。
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