平成30年(行ケ)第10108号 審決取消訴訟事件
判例航海日誌
令和1年11月29日
技術部 E.K
平成30年(行ケ)第10108号 審決取消訴訟事件
「重金属類を含む廃棄物の処理装置およびこれを用いた重金属類を含む廃棄物の処理方法」
1.事件の概要
本件は、拒絶査定不服審判を請求不成立とした審決の取消訴訟である。
(1)経緯
発明の名称:「重金属類を含む廃棄物の処理装置およびこれを用いた重金属類を含む廃棄物の処理方法」
平成24年4月4日 国際出願
平成26年10月3日 国内移行(特願2014-508992号)
平成28年7月15日 拒絶査定
平成28年10月20日 拒絶査定不服審判(不服2016-15650号)
平成29年12月25日 拒絶理由通知
平成30年3月6日 期間延長請求(対比実験のため1か月延長の請求)
平成30年4月4日 手続補正
平成30年6月12日 本件審判の請求は成り立たない旨の審決(本件審決)
平成30年7月4日 審決謄本送達
平成30年8月1日 本件審決に対する審決取消訴訟の提起
(2)争点
進歩性に関する判断の誤り
(3)結論
本件審決にはこれを取り消すべき違法があるから、原告の請求は理由があり、主文の通り判決する(審決取消)。
2.特許請求の範囲の記載
【請求項2】
開閉自在の排出口を有するとともに閉鎖空間を有する密閉容器の内部に、固形状の有機系廃棄物および重金属類を含むスラリー状または固形の有機系廃棄物、および前記有機廃棄物の炭化処理中に少なくとも前記重金属類を5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造中に封じ込めるための5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)が形成されるのに十分な量のCa成分原料およびSiO2成分原料を収容させる工程と、
前記固形状の有機系廃棄物を粉砕しながら、前記Ca成分原料およびSiO2成分原料と撹拌混合する工程と、
密閉容器内に収容され、前記撹拌手段により粉砕、混合されつつある前記固形状の有機系廃棄物およびCa成分原料およびSiO2成分原料に、高温高圧の水蒸気を噴射して処理し、前記重金属類が閉じ込められた5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造の層を前記有機系廃棄物の固形物上に形成するための高温高圧の水蒸気を噴出する工程と、
処理後に密閉容器内の蒸気を冷却して、前記重金属類の水溶性化合物を含む処理された液体とするための工程と、
前記重金属類の水溶性化合物を含む処理された液体と前記重金属類が封じ込められたトバモライトを含む処理された廃棄物とを分離回収する工程と
を備えたことを特徴とする重金属類を含む廃棄物の処理方法。
3.相違点
(相違点1′)
本願発明では「固形状の有機系廃棄物および重金属類を含むスラリー状または固形の有機系廃棄物」及び「前記有機系廃棄物の炭化処理中に少なくとも前記重金属類を5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造中に封じ込めるための5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)が形成されるのに十分な量のCa成分原料およびSiO2成分原料」を処理するのに対して、引用発明では「有機系廃棄物」を処理する点。
(相違点2′)
本願発明では「固形状の有機系廃棄物および重金属類を含むスラリー状または固形の有機系廃棄物およびCa成分原料およびSiO2成分原料」から生成された「前記重金属類が閉じ込められた5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造」が「前記有機系廃棄物の固形物上に」「層」として「形成」されるのに対して、引用発明では「有機系廃棄物」が炭化される点。
本件訴訟においては、上記相違点2′の容易想到性のみが検討された。
3.裁判所の判断(作成者編集)
(3)相違点2′の容易想到性について
ア 動機付け
・・・(中略)・・・
(イ)課題の共通性について
a 引用発明は、一台の装置だけで、廃棄物を高温高圧の蒸気を用いて安全に処理できるとともに、その処理に連続して処理された廃棄物と液体とを簡単な操作で分離して回収できるようにするとの課題を解決することを目的とするものであるが(甲1【0004】)、引用例1には、処理の対象となる有機系廃棄物として、「合成樹脂製の注射器、血液の付着したガーゼ、紙おむつ、手術した内臓等の医療関係機関等から廃棄された医療系廃棄物、生ごみ、プラスチック等の合成樹脂製容器等の一般家庭から廃棄された家庭系廃棄物、食品加工廃棄物、農水産廃棄物、各種工業製品廃棄物、下水汚泥等の産業廃棄物等に含まれる有機系廃棄物」(甲1【0035】)が挙げられている。
・・・(中略)・・・
これらの記載(作成者注:甲3~甲6の記載)によれば、産業廃棄物に限らず、土壌、肥料、水、焼却灰、家畜の糞尿、工場排水、工場や工事の汚泥、下水や生活排水汚泥、都市ゴミ、魚介類残渣等の種々の廃棄物が有機系廃棄物とともに重金属を含んでいること、・・・(中略)・・・重金属が溶出しないように処理することが法律に定められていることは、本願出願時において周知の事項であったものと認められる。
そうすると、引用発明において処理の対象となる「有機系廃棄物」にも、重金属が含まれ得ること、及びその溶出を防止することは、引用発明が属する技術分野において、当業者が当然に考慮すべき課題であると認められ、処理後の廃棄物と液体との分離に焦点を当てた引用例1にそのことが明示的に記載されていなくても、引用発明の自明の課題として内在しているものというべきである。
b 他方、甲2技術は、金属を含有する廃棄物の水熱処理の際に発生する重金属を含有する排水を、排水処理設備を設けることなく、処理することができる廃棄物の処理方法および処理装置を提供することを目的とするものであり(【0005】)、・・・(中略)・・・水熱処理後の重金属含有排水からの重金属の溶出を防止することを課題とするものである。
c そうすると、引用発明と甲2技術とは、廃棄物中の重金属の溶出を防止する、という点で、解決すべき課題が共通するものといえる。
・・・(中略)・・・
イ 引用発明への甲2技術の適用
しかしながら、仮に引用発明に甲2技術を適用しても、甲2には、前記有機系廃棄物の固形物上にトバモライト構造が層として形成されることの記載はないから、相違点2′に係る「前記重金属類が閉じ込められた5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造」が「前記有機系廃棄物の固形物上に」「層」として「形成」されるとの構成には至らない。
この点につき、本件審決は、引用発明に甲2技術が適用されれば、「前記重金属類が閉じ込められた5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造」が「前記有機系廃棄物の固形物上に」いくらかでも「層」として「形成」されて、重金属の溶出抑制を図ることができるものになる旨判断し、被告は、生成した造粒物の表面全体をトバモライト結晶層で覆うことになるのは当業者が十分に予測し得ると主張する。しかしながら、特開2002-320952号公報(甲8)にトバモライト生成によって汚染土壌の表面を被覆することの開示があるとしても(【0028】、図1。図1は別紙甲8図面目録のとおり。)、かかる記載のみをもって、トバモライト構造が「前記有機系廃棄物の固形物上に」「層」として「形成」されることが周知技術であったとは認められず、被告の主張を裏付ける証拠はないから、引用発明1に甲2技術を適用して相違点2’に係る本願発明の構成に至るということはできない。
4.実務上の指針
裁判所による上記課題の認定は、先行技術や当業者の技術常識を考慮すれば、妥当な判断であったと考える。
実務上、発明の解決する課題が先行技術や当業者の技術常識から容易に導けるものである場合には、本願発明と引用文献との構成上の相違を明確にした上で、動機付けや有利な効果等、当該発明の進歩性を肯定する主張をすることが肝要である。
なお、発明の解決する課題がユニークである場合には進歩性が認められることもあるので、積極的に主張することがよいと考える。
以上
お気軽にご相談・お問い合せくださいませ